95歳の私らしさ

現在在宅訪問中の95歳の女性の患者さんとひょんなことからこんな話になりました。

どんな話からそうなったのか思い出せないのですが、その女性から「最近、私は、私のままでいいんだと思う時があって、そしたら目の前が明るくなってとても幸せな気分になったんですよ。こんな気分を味わえる時があるなんて」と。とてもいい表情で、目をキラキラさせながら、ゆっくりと言葉を確認しながら、話してくれました。*スモン病という病気を抱えて95歳という年齢で、体も精神も(同じものですが)少しずつ不自由になって来られたはずの患者さんからの言葉でした。

自分らしく、自分らしさ、自分らしく生きる、自然に生きる。

言葉にすると簡単なのですが、本当に自分らしく生きている人が一体どれくらいいるのでしょうか。

私達は、物心つく頃から、周りから教え込まれたり自分で学んだりして、世の常識や規則、生きる上で必要な事、人や自分の在るべき姿、理想の姿などを知識として身につけていきます。

知識は生きる上で必要なものですが、その時々での勝手に作り上げた価値観なり規則だったり、その時点での一つの考え方にしか過ぎないのに、いつの間にかそれが絶対のもののように勘違いして私たちを縛り付け、核にある自分自身を覆い隠しながら成長をしていきます。鎧を身につけて一体となることが成長の証のように。

ただの道具だと思っていた鎧が、いつの間にか自分自身と一体となり、自分の本当の姿が分からなくなる。

それでも、ある時、鎧は自分の一部ではなく、必要な道具にしか過ぎないと気付けた人には、身も心も軽くなる感覚が生まれ、自分自身の目の前に広がる世界がまるで違ったものに見え始める瞬間が訪れます。

あるがまま、その人らしさ、自分らしさ、数々の歌や詩や小説や映画など繰り返しそれを取り戻すことの大切さや、大変さが語られてきました。でもそれを取り戻したら全てが明るく進むかといえばそんなことではなく、それからが本当の自分の生活が始まるだけなのです。

でも、そのことがわかった瞬間から今までとは物事の見え方が全く違ってきます。また過去の出来事がまるで違った見え方をしてきます。自分が今までとはまるで違った地点に立っているのがわかります。

生きている限り生活には変化が訪れます。自分自身も含め変化しないものなどこの世には存在しません。でも本当の自分という道具を使いこなせるようになれば、人生の波乗りが自分自身でできるようになります。変化することに対する恐怖が少しずつ薄らいでいき、変化を楽しむことができるようになります。

生を終える前に、そのことに気付ける人は幸いです。苦労ある人生を生き抜いてきた人だけに訪れる恩寵だと思っています。

その人のお宅に次に訪れた時に、「でもまだ執着があるのですよね。どうしたら捨てることができるんでしょうね」と。笑いながら話をされました。

そのお話はまた今度。

 

医師 平田 修

 

*スモン(SMON、subacute myelo-optico-neuropathyの略称、別名:亜急性脊髄視神経症。整腸剤キノホルムによる薬害。1955年頃より発症し、1967〜1968年頃に多量発生)

 


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